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大事なこと-4

(1) 何が不都合となるのかを、周囲の人が知らないか誤解している。
(2) 障害を持つ本人が、自分では気づいていない不都合がある。
(3) 問題が障害によるものなのか、性格によるものなのか判断しにくい。
 前回は、なにをもって不都合とするか各個人によって判断が違うために問題が生じる、ということを上記の場合を挙げて少しお話しました。
 それは、端的にいうと「共通認識の構築が難しい」ということです。
 どういうことかと言いますと、多くの人はたいていの場合「自分は相手の言動がわかるし、相手も自分の言動がわかる」と安心して相手とやりとりをしたり、仕事をしたりしています。
 ところが障害を持つ人を相手にする場合、そのような共通認識のもとではやっていけない部分があります。
 そのことは前回(大事なこと-3)で、上記(1)~(3)として具体例を挙げてお話しました。
 たとえば聴覚障害でいえば、「普通に話をするだけでは、話が通じないことがある」といったことがそうです。つまり、聴覚障害を持たない人が聴覚障害を持つ人に話すとき、いつもと同じようなやり方が通じない、といったことになります。
 ですから、その障害を持たない人にとっては他の人と違うということでやりとりがしにくくなるし、違う部分に対して何らかの対処が必要になってくるため、ストレスを感じることが出てくるでしょう。
 障害によって起こる問題のために、ストレスを感じているのは障害を持つ側ばかりではありません。障害を持つわたしたちがストレスを感じているとき、障害を持たない相手もまたストレスを感じているかもしれないことに注意してください。

 障害を持つ人、持たない人との間で、やりとり(仕事)をするうえでの共通認識が築けていないために、双方にとっての「違い」がストレスとなる。
 そのことによって、障害を持つ人が医療の現場で働くことは、身体的な側面だけでとらえるよりも、難しいと思われます。すなわち、身体的困難のサポートだけではすべての問題を解決できないということです。
 とくに医療の現場では同じ情報を共有し、決まったやり方で行うことが必要となってきますから、そこで「少し違うやり方でやってほしい」ということは、それだけでストレスになる可能性があります。
 それは同じ職場で働く医師や、他の医療従事者はもとより、患者さんやご家族にとってもストレスを与えているかもしれない、ということにほかなりません。
 その最たるものは、「安心して医療を受けられない」というストレスであるでしょう。

 そういう問題があると理解したうえで、医師として働いても良いのか。
 これについては、わたしもまだ答えを持っていません。
 医学部の過程を修了し、国家試験に合格して医師免許を取得する。そこまでは、おそらく障害を持っていてもできるでしょう。けれども、その先はまだ五里霧中といった様相です。
 聴覚障害にかぎって言えば、実際に医師として働かれている人がいます。そういう先人たちの例を見れば、「働いてはいけない」ということはない、と考えられます。
 ただ、「働いても良いと認められているから、(障害をもたない側が持つ側を)受け入れるべきである」「サポートすべきである」「自分が頑張ればどうにかなる」ということでは、現状ではおそらく行きづまってしまうでしょう。
 繰り返しますが、医師としての仕事が自分だけできるわけではないのですから。
 医療は、医師を含む医療従事者、そして患者さんがいて成り立つ仕事です。

大事なこと-3:前項|もくじ|次項:大事なこと-5
文責:Kumiko

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